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2010年4月 2日 (金)

かりうむ「返信しようと思ったら、3000字超えていた」

 

 なにが起こったのか(以下略)

 というわけで、どうせなら記事にしちまえということでこうなった。

 以下、記事

 の前に目次

目次

Ⅰ、Tatsu返信(という建前で母性のディストピアに対する不信感表明)

Ⅱ、Φ返信(という建前でデレ論とか色々)

 1、汝はツンデレなりや(デレ論)

 2、ケータイ小説とラノベ(形式論)

 3、しゅごキャラ大好き(キャラクター論)

 4、平成ライダーはアツい(変身と正義論)

 5、多重人格という名の希望(すべて幻想論)

 6、反省

 

 

  

  

 

※返信というより、コメントの諸要素に対して脊髄反射的にキーボートカタカタしてるだけだから、意味が不明かもしれん、いや意味不明だ。

 

 
>Tatsu

>>テンション高過ぎだろ。しかも半分近くハルヒじゃねーか。ハルヒを読んでない俺には反論できないじゃないかよ。

 正直すまんかった。あと、テンションの高さについては。
 これぐらい高くないと、記事書いても投稿せずに全消去してしまうから、これは致し方ないことなんだ。正しい自己批判は、存在の全消去だよ、アンインストール!

  

>>タカヒロってつよきすのライターだよな。日常編は面白いんだが、ラストは好きになれなかった。というかバカップル過ぎだろ。基本的に俺はカップリング厨なので、『いいぞ、もっとやれ』と思うか、温かく見守る方なんだが、『バカップル消えろ』と思ったのはつよきすぐらいじゃないかな。まぁ、カニしかクリアしてないけどさ。
 太陽の子はまぁ期待してる。
 るーすぼーいの世界観(チョビダーク)
+丸戸の惹きこむテキスト(ユーモア? ギャグじゃないよ)
+タカヒロのギャグ(パロは少し自重気味で)
=神作品 という方程式。
 ただし、一歩間違えば核地雷。
 リライトにも言える事だけど、不安と期待が両方大きすぎる。早く体験版とか出して欲しい。

 
 君のカップル理論はなぁ……一歩間違えれば留美子ワールドに足を踏み入れて戻ってこれない感じがするから、なんか敬遠しちゃうぜ、母性のディストピアってやつだ。父親から逃げて、母親に取り込まれるってのは、それなんてエヴァ……あなたとわたしだけの完結したセカイって感じで。

 太陽の子(企画屋) VS Rewrite(ロミオ) VS 型月三作(奈須)
 みたいな感じで俺は非常に楽しみにしている。体験版はあれば嬉しい。

 

>>最後の台詞はググったら出た
 忘念のザムドか。見てないけど、評価高いよな

 ザムドは、嫌いだ。主人公が嫌いだ(CV:阿部敦、お察し下さい)でも、フルイチは好きだ。彼には共感せざるをえない。まあ、あの名言言った後に死ぬんですけどね! 俺はフルイチのようにはならねえぞ! と言いつつも、強く惹かれてしまう。ビバ、ピカレスク。

 

 

※デレ論……どうしてこうなった。

 

>ふぁいず

>>バカがいた おまえデレをなんだとおもっているんだ
いまなら(ry

 くらえ! 文章ぱんちら!!!
 説明しよう、文章パンチラとは、一言で言えばご褒美である。直接的には、戦闘中服が破けたり、着替えに遭遇したりする。間接的には、ツンデレが赤面したりする。これがないと俺たちは生きていけない。

 人はパンのみに生きるにあらず。ならば何故マリーアントワネットは処刑されたのか。ケーキを作れよ、ファック。

 日常において、嬉しいとか悲しいとか切ないとかいう気持ちが生じるのは、当たり前のことだ。それはツンデレにも言えることで、みんなの前でデレないのなら、部屋とか風呂で一人きりになったときぐらい、赤面したりあたふたするだろう! ずっとツンツンしてたら息がつまるわ! アイドルはトイレに行かないって!? ふざけるな! お前がアイドル@マスターなら、排泄行為も生理現象も全て受け入れろよ! この世に神聖なモノも価値のあるものもない、当然だ。あるのは個人の自己満足、思い入れ、常識という名の押しつけだ。ニーチェさんが一晩で分解してくれました。

 だから、俺たちのやっていることはすべて無価値だ。これは絶望か? いや、希望だ。なぜなら、全て等しく価値がないからだ。全てが誰かの自己満足、思い入れの結晶というのなら、状況と場合と手段によっては、自分の価値観で相反すると思っていたものも受け入れることが原理的には可能なのだ。これは希望だ。

 デレには神聖な価値がある、最後の最後で全てが使われるべきだ。ああ、その意見は正しい。それと同時に、もうちょっとパンチラのごとく小出しにするべきだとささやく自分もいる。どちらも正しくて、どちらも間違っている。ツンデレにしてみれば噴飯ものだろう、私を勝手に消費してんじゃないわよっ! ってな感じ真空飛び膝蹴りが飛んでくるぜ、パンチラがまぶしい! ディ・モールト!

 例えば、俺たちに相反するものといったら、ケータイ小説だろうか。あー、チョーお腹減ったしーから始まるアレだ。確かに、ラノベを消費している俺らからすれば到底受け入れられないと思う、俺もそうだと思っていた。だがしかし、よくよく考えてみれば、ケータイ小説とラノベ、テーマというか書いてある大筋というか、形態だいたい同じじゃね? と気づいてから、俺はケータイ小説を受け入れた。だってあれ、セカイ系じゃん。女の子(主人公)のためにイケメン(戦闘美少女)が、あらゆる困難に立ち向かっていくっていくという構造。女の子はちょっとした日常の当然のことで相手に報い、イケメンは女の子の提供するものに絶対の価値を置きそれに満足している、という構造。不平等な構造だなと言う事なかれ。ラノベもギャルゲも同じようなもんだ。冴えない男が可愛い女の子にモテたりするか!? ねえよ! だから昔の約束とかひっぱりだしてくるんだろ! ファック! それをしない意味では、丸戸さんとかの日常系を、俺は非常に高く評価している。中だるみするのは、設定のしばりつけてるから当然じゃん、そんなことどうでもいいよ、むしろ可能性を見せてくれって感じだ。

 オタクとギャルはお互いに軽蔑しあっているけど、考えている次元でいえば、ほとんど変わらんじゃん、と。オタクは登場人物のビッチさを嫌い、ギャルは萌え絵がキモーイとか言って蔑む。お前らどっちもどっちだよ……だからまあ、どっちも許容できる。そういう考えもあるよねって。相手に譲るわけじゃない、相手の価値感、思い入れってやつに、少し触れてみる。それが自分本位の生き方だよって、漱石先生は言ってただろうか(俺の脳内漱石先生はそう言っていた)
 
 なぜ人が敵を作るのかと言えば、自分が好きなもの、思い入れを抱いているものが、結局のところ本質的潜在的に無価値だからで、その消失の危機に怯えているからだ。「しゅごキャラ」でアムちゃんがやりたいようにやれるのは、自己のアイデンティティの象徴であるしゅごキャラが、スタンドっぽく外部に見える形で存在しているからで、形があるってことはそれだけ個としては確立してるんだよな。

 しかし、「しゅごキャラ」のしゅごキャラは、アムちゃんは〇〇である、〇〇の可能性があるっていう設定が三人のキャラとして現れているだけでしかない。そこから、クールで強くてカッコいいという他者像を壊してやりたいようにやっているのは、やっぱりアムちゃんの強さなんだと僕は思っているのだが……まあここまで書いておれキメえって思ったよ! どんだけアムちゃん好きなんだよ! 中村悠一目当てで見てただけなんだからね、勘違いしないでよね!!!

 さてそうなってくると、今度は個の形についての論に移り変わっていくことになるな。「あなたは〇〇という欠損があるから、正しい」という、幼少期のトラウマが登場人物の人格を全て決定付けてしまうという時代があったらしい。埋めるべき欠損を抱えた美少女を、冴えない主人公が攻略していくっていうギャルゲーの構造は、このまんまだな。「あなたは~~だから正しい」という綺麗な決め台詞で、主人公はばんばんヒロインを落としていく。手を変え品を変えと言いつつも、やってることはいつも同じだ。そう考えると、少女マンガとかケータイ小説とかのほうが落し方は多岐に渡ると言っていいのか……いや、むしろ落し方は固定だからそれ以外の舞台装置に力を割いたのか。まあ、そんなこんなで、個の形に話を戻すと。

 個の形が目に見える形で発現するという設定は、もはや当然と言っても良いぐらいスタンダードな設定だ。ジョジョは言うまでもなく、仮面ライダー(主に昔の、平成ライダーだとアギトとか)も当てはまると俺は思っている。アギトが面白かったのは、アギトになれる奴ら(あかつき号関係者)がどんどんと死にまくってることか。もはやトラウマから個性を得ることは、正しいことじゃ無いんだ! と言わんばかりにバンバン死にまくった。翔一君はどうなるんだよと言いたいかもしれんが、彼は記憶喪失で夢はコックだからな、トラウマからは逃れている(開放されている?)から、文脈を否定するものじゃない。というかWikiみてきたが、あかつき号関係者やっぱり死にすぎだろ……思わず笑った。

 
 平成ライダーで話を進めてみよう……LilyとΦに怒られない程度に。

 「龍騎」は、もうエゴとエゴのぶつかり合いでしかなかった。ここまで行くと素晴らしい。ただのバトル・ロワイアルじゃねーか! 聖杯戦争乙!! しかも、個人に存在する特別な力ってのも無くなったしな、ただルールに則ってモンスターと契約してるだけ。ルールに従って、英霊と契約してるだけ……奈須もやっぱり見てたのかなぁ、龍騎。

 「555」では、もう個々の力が目に見える形で発現するというものではなくなった。だって555って、ベルトがあってオルフェノクだったら、誰でもライダーになれるという設定だからな! 人類滅亡派VS人類融和派のオルフェノク同士の戦いって感じで、正義ってなんやねん……もうちょっと話あえよお前ら……みたいな感想を抱かざるをえない作品だった(多分違うと思う)

 「ブレード」「響」「カブト」は見てない。じょーかー、おさーん、おれさま、という認識はある。偏見であることは百も承知だ。

 「電王」は、面白かった。いや、感想じゃないですよ。なんつーか「しゅごキャラ」に似通ってる部分があったというか、「しゅごキャラ」より、想像力が凄かった。「しゅごキャラ」では、自分の可能性をリアルブート・オーバーソウル(具現化・憑依)してたわけだが、「電王」ではイマジン(赤の他人)を憑依させてるんよな。これは、人の一面とか可能性じゃなくて、そのまんま多重人格とでも言うべきものなんだが、主人公の良太郎はこれを普通に受け入れてるというのが、面白い。昔なら個の存在が薄れる! 消失の危機! みたいな感じで絶望的な状況のように言われるハズなのに、当の良太郎くんはむしろ嬉しそうというか。絶望か希望かっていうと、どっちかというと希望として受け止めているんよな。そういう多重人格的な存在のままで、主人公自身も仲間のイマジンに助けられて成長して行くっていう、その想像力がいい意味でヤバい。

 さて、ようやく戻ってこれたぜ。異なる価値観との関係、他者との関係、個の形とトラウマについて触れていって、自分と相容れないように見える存在を何だかんだで受け入れて、どうにかこうにかやっていけてるという感じの物語が、すでに生まれてきているという希望に触れた(例:電王)まあ、幻想だけどね。

 人は一人で生きるに在らず! 他者を受け入れ! 異なる価値観に触れ生きていく! それは自身の存在の形を変えるもので、恐ろしいことであるかもしれない、だがそれと同時に素晴らしいことだ! 結局のところ、俺は精神論からは逃れられない! 満たされた気持ちも、幸せも、安らぎも、悲しみも絶望さえも、全ては幻想に過ぎない! だから下らないしちっぽけだ! それゆえに大切にしていきたいと思う! この想いも幻想だ! みんな妄想だ! なら、自分が一番デカいと思う願いを掛ければいいじゃないか! 世界が平和でありますように!
 
……………<キリトレ>…………………………………

 読んでる人、いますか? もしいるのであれば読んでください。今あなたがどんな状況におかれているか、俺は知りません。失笑しているかもしれない。苦々しい思いでこれを読んでいるのかもしれない。あるいは……(億分の一の確率でまかり違って)感動しているかもしれない。そんな、全部の人に、俺は言います……忘れて下さい。ただ、忘れて下さい。なかった事にしてくれませんか。これは単なる、俺のお願いです。もしこの文を読んでいてくれる人がいるのであれば、俺の駄文が誰かに読まれたってことだから。読んでいる人が存在してくれるその瞬間、たとえ自覚がなくとも、この妄想は文章として存在しているということになるはずだから。そう考えています。妄想は一人の頭の中で生まれて、勝手に死にます。誰と共有しても、本質的には妄想です。役に立っているように見えても、すべて許されることじゃない。妄想する事は、寂しい事です。寂しさを、どうごまかすかは……大切な事です。そのために……他人がいるんじゃないかと思います。あなたには誰かとの思い出が、ありますか? それは貴重なものです。決して忘れないようにして下さい。現実と向き合った人の、唯一の支えだからです。妄想は、近くにいてくれる誰か。けど今は、そんな欲望さえ肯定されない。けれど……俺はここに居ます。妄想がここにあるように……読んでいる人、いますか?

……………<キリトレ>…………………………………

 ぼくは、取返しのつかないことをしてしまった……!
 ロミオ先生すいません、ロミオファンのみなさんごめんなさい、そして全ての読者たちに……申し訳ございませんでした。そして、ありがとう。読んでくれてありがとう。僕は幸せだ。
 信じられないだろ、これ返信だったんだぜ(ちょっと誇らしげな顔で←キモチワルイ)

提供:かりうむ

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コメント

3行で頼む

投稿: φ | 2010年4月 2日 (金) 02時46分

はあくした

投稿: φ | 2010年4月 2日 (金) 04時02分

 三行と言いながら、微妙に足が飛び出て6行になったので書き直し


>>Φ
 むずかしいがやってみよう

 三行
・好きなモノは好きなんだからしょうがなく、それ故人は対立する
・でも君の好きなモノと僕の好きなモノには似ている部分がある
・その想いさえ好悪超えてすべて幻で、だがそれが希望でもある
 
 大体こんな感じ

投稿: かりうむ | 2010年4月 2日 (金) 04時06分

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