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2007年9月17日 (月)

かりうむブックレビュー『「世間」とは何か』

 

 
著者:阿部 謹也

『世間』とは何か

 

 
 この本は、世間とは何なのかを考える多くのヒントをくれました。
 世間は、所詮人と人との俗なつながりだろ・・・
と考えていたのですが、さらに多くの視点から世間をみることができました。
 
 特に心惹かれたのは、隠者兼好についての項ですね。
 何百年も前の腐れ坊主だと思っていたらとんでもない・・
 ものすごい洞察力で、色んなものを見て、それを表現していました。
 世間から自ら距離をとったものだからこそ、世間についてこれほどよく観察できたのだろう。
 近すぎても、逆によく見えない。マクロな視点を持つ事の意義を感じました。

 次に魅力的なのは、世間を考察するためにでてくる、神や呪術要素。
 神明裁判、穢れ、怨霊、魔物、御霊信仰・・・
 興味の薄い項目にぶち当たっても、こういう要素がぐいぐいと引っ張ってくれた。
 こんなエサに・・・釣られたクマー!ずさささささ!
 まさにこういう感じ。
 この手の、オカルトに興味ある人は、それだけでも十分楽しめます。
 「顕」と「冥」の世界とか・・・あんた・・・中二病ですかい?だがそこがいい。
 
 あとは、耳に痛かった文章などを。
『彼らは、日本人は、絶望を、文学的選良の胸にかざる記章として、快心の微笑をひそかに浮かべる、誇りの種にしていたのかもしれない』
 ・・・えーっと、つまり。
 自分は学び、絶望したと言い張り、退廃的な誇りを感じ、その膿んだ居心地の良さに酔っている。
 という事ですかね・・・ぐはあー!!!
 もうやめて!かりうむのライフはもうゼロなのよ!状態ですよ・・・
 半世紀も前の人が、オレのライフにダイレクトアタックかましてきます。
 ということはつまり、状況はまったくといっていいほど変わっていない。
 世間の問題を考えれば考えるほど、私の心が羞恥にジクジクと痛む。
 やはり、こういうことか・・・
『世間の問題は、自分自身を分析する試みである』
 まさに、その通り。
 自分を知りたいと思うなら、今一度、考えなければならない問題の一つなのだなあと、認識しました。
 
 
『』内は本文の引用

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コメント

何にでも二面性があるからようは、自分がどう思うか、だよなー

投稿: JUN | 2007年9月17日 (月) 17時02分

 
 それで気が済むならそれでいいが、それで納得できない人間もいると言っておこう。
 
 それも捉え方だけれども。

 今回扱った『世間』はあまりにも多面的だ・・・
 
 どれが本当?といわずに、どれも正解なんだろうが、それならば、それを包括する、『世間』というものがあるのではなかろうか?と思うわけで、もっと巨視的な視点を身に付けたいなあ・・・と思いつつ英文を読んでいる次第であります。

 自分の文化を本当に知りたいのなら、外国語を習得して比較対象できる異文化を知らなければならないんだよな・・・
 
 楽しみだ。

投稿: かりうむ | 2007年9月17日 (月) 18時31分

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