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2007年8月13日 (月)

かりうむ世界史

世界史:一章「オリエントと地中海世界」

 

1、古代オリエント世界
 メソポタミア文明と、エジプト文明について。

2、ギリシア世界
 ギリシアの文化、なりたち、共和制までの軌跡、ポリス、カオス。

3、ローマ世界
 ギリシアの共和制精神を受け継ぐローマの、帝国制、東西分裂、そして滅亡まで。
 
 
 一章が一番長くて複雑って・・・どんだけー
 彼らは、学生のやる気を徹底的に削ぐつもりなのか・・・
 はやくイスラームまでいきたいおー
 

 要約
 
 1、
 オリエントっていうのは、日の昇る東方って意味で、今の中東のことです。
 そのオリエントで栄えた文明が、四大文明の二つ、エジプトとメソポタミア。
 大河文明の名の通り、大河の治水、灌漑によって神威を保ち、神権政治をやってたんだ。
 場所が場所なだけに、イスラーム世界にも影響あるから。超チェック!
 文化いってみよう。
 エジプトの太陽暦。これはカエサルに改良されてユリウス暦で今の暦と殆どおんなじ。
 メソポタミアの六十進法。さすが、農耕発祥(仮定)の地。数の概念がすでにある。
 フェニキアの表音文字。つーか、ABC!メソポタミアの楔形文字の影響も受けたらしい。楔形・・・ハンムラビ法典。
 あとは、言わずと知れた、パレスチナの一神教。キリスト教やら、ユダヤ教やら、イスラム教の元。
 
 で、このオリエント文明の影響で誕生したのが、エーゲ文明。
 
 エーゲ海は知ってる?ギリシャとか、トルコとか、地中海の東岸らへん。
 それは、数々の争いを経て疲弊して滅びてしまった。
 争いは、たった一回勝てばいい。項羽と劉邦が教えてくれました。漢ですね。
 
 2、 
 エーゲ文明の後にギリシア文明。
 その間には暗黒時代とよばれる抗争と流浪の日々があった。
 前の時代の反省からか、王を戴かず、みんな自由。ポリスという独立した都市が成立した。
『人間はポリス的動物である』といったのは、誰だったか。
 ポリス間で独立して、統一されることは無かったけれど、仲間意識は持っていたようです。
 自分たちギリシャ人をヘレネス。異国人をバルバロイと呼んでいます。
 奴隷という概念はあり、自由な市民と不自由な奴隷。
『奴隷とはものを喋る家畜である』うわー、また忘れた。
 とにかく、奴隷制はあったんですね。
 おかげで市民は、労働をそこまで行わなくても良くなり、色々な精神文化も生まれました。
 
 アテネは、一番奴隷制が発達していました。
 そうだからか知りませんが、生活が豊かな農民も多く、貿易活動も盛んで、色々なものが取引できるようになります。
 軍隊に入る条件は、自前で武器を用意すること。それにより、軍隊は貴族が中心でした。
 金属も取引されていたらしく、それを安価で平民が購入して、数多くが軍隊に参加していきました。
 平民により構成された重装歩兵部隊は軍隊の主力となり、自らの地位を向上させます。
 国防で大きな役割を担えば、発言力はあがる。
 地位を上げた平民は、貴族だけが持っていた参政権を求めます。
 これが聞き届けられ、平民も参政し、民主政ポリスが誕生します。
 (知識)
 ソロン・・・貴族と平民の調停役。財産により参政権をさだめる。財産政治。
 僭主・・・平民の声にたちあがり政権を奪う者。アテネのペイシストラロス。
 クレイステネス・・・血縁由来の四部族制を、地縁共同体に基ずく10部族制に改める大改革を実行。
           僭主を予防するための陶片追放の制度をつくった。6000票集まると国外追放。
 
 民主政アテネは、ペルシアとの戦争、スパルタをはじめとするペロポネソス同盟との戦争、など戦争が続き、国力は疲弊

し、国は分裂した。

 マケドニアはギリシアから分裂して出来た国だ。
 フィリッポス二世のもと強大な軍事力をつけ、アテネとテーベを破った。
 マケドニアとくればアレキサンダー。彼の登場だ。
 アレクサンドロス大王は、マケドニアとギリシアの連合軍を引き連れ、ペルシアを打ち破る。
 その後も、進軍は続き、彼が死ぬまで東方遠征は続く。
 遠征は遠くインダス川まで伸び、広大な領土を所有した。
 彼の死後は、国が無数にわかれ、その国々が滅びるまでの300年間をヘレニズム時代と呼ぶ。
 彼の家庭教師は、万物の祖アリストテレス。ソクラテスの弟子のプラトンの弟子。
 
 
 3、
 ここでローマの登場だ。

 貴族と平民。ラテン人。
 ギリシアと殆ど同じ。ただ、非常時に独裁官が独裁権を行使可能な点が異なる。
 
 なぜローマがこんなに大きくなったのか?
 征服戦争を行ったから。
 なぜ行ったのか?
 貧富双方の市民に望まれたから。
 なぜ望んだのか?
 貧民は属州からの安価な食料を求めて。
 富者は属州からの奴隷や、属州の土地を求めて。
 そもそもなんで同じ市民なのに貧富の差がひらいた?
 征服戦争でながい間、農地をほったらかしにしたせいで食べるものがなく、土地を売ってしまったから。
 売られた土地を買い、貧者を小作人として安価で雇い、富を築いていったから。
 結論。征服戦争が原因。
 
 では、こんなに大きくなったローマはなぜ滅びたのか?
 外的要因と内的要因が重なったから。
 
 外的要因・・・ゲルマン人の大移動。
 
 内的要因・・・過度の重税。
 
 
 
 
 
 うわー、これ、つかれるわ。もっと軽めに書こう。
 

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